nuiru's blog

2015.8.22川西JC、2015.10.27郡山JCで行われた樋渡啓祐氏の講演会の内容をお伝えするブログです。

川西JC樋渡啓祐講演会 #25 に思ったこと

川西JC樋渡啓祐講演会2015.8.22 #25「TSUTAYA主催の謝恩会、市民ボランティアの父と子、ストーリーをヒストリーに、TTP」に思ったことです。


樋渡氏の講演部分の最終部分です。

武雄市図書館のリニューアルオープン後1年にTSUTAYA主催で謝恩会が開かれたそうで、そこでTSUTAYAが流した関係者への御礼ビデオを流しながらの独り語りです。

 

ちょっと大げさ

この御礼ビデオ見て「みんな泣いてました」と言ってますが、最近、結婚披露宴の最後に流すのが流行っている映画風のエンドロール動画と同じようなものでしょうか。その時はその場の雰囲気でじわりとくるものの、一瞬で忘れるあれです。新郎新婦にそれほど親しくないと恥ずかしくていたたまれなくなるあれです。

 

それはそれとして、一区切りついた後の打ち上げパーティーや送別会でちょっと涙を誘う企画を仕込むというのは、それほどめずらしいことではありません。花束贈呈、寄せ書き、出席できなかった人のビデオメッセージなどをサプライズで仕込むことは、使い古されているといってもいいかもしれません。

 

それを真に受けて、ストーリーがヒストリーになるというのは大げさです。自分たちで自分たちのことをヒストリーと言ってはいけません。それはただの自己満足です。図書館事業を各地に展開して儲けたいCCCとしては宣伝です。

 

行政の当事者は謙虚な気持で真摯な仕事をし、それを他者から認められて初めてヒストリーと言えるのではないでしょうか。そうすれば数字はあとからついて来るでしょう。自分たちで良くなった(良く見える)数字を探したり、ねつ造する必要はありません。

歴史的快挙か歴史的暴挙かを決めるのは他者であり、樋渡氏ではありません。私は歴史的暴挙、歴史的悲劇だと考えます。

 

当事者でない人で、樋渡氏や武雄市のことを歴史的快挙だと考えている人は本当にそう考えているのでしょうか。私には歴史的快挙を成し遂げることに憧れる人たちが、メディアに(これまでは好意的に)取り上げられてきた樋渡氏のやり口を真似したいだけに見えます。真似するには、真似の対象が正義でなければなりませんから、樋渡氏を持ち上げるのでしょう。


悪口=冗談の勘違い

御礼ビデオのの意図とは無関係なところで、不必要な悪口を言います。

  • 図書館近くの食堂に対する「まずい食堂」
  • 什器の製作を中国だったことから「イオンなんかが中国で焼き討ちになってたとき」
  • 寝泊まりして作業していた富士通の担当者に対する「(ひどい)匂いがしていた」

樋渡氏とっての冗談は悪口を言うことなのでしょう。

悪口を言って笑いとするためには、コンテキストが共有されていないと難しいのですがお構いなしです。いや、彼の場合コンテキストの共有などというレベルではなく、飲み屋の与太話であれば許されるだろうレベルの話です。

すでに自分のことを知っている、自分を好いている人たちが来ているという前提で、話をしているようにしか思えません。

そうでなければ、悪口を言って笑いものにすること、それはただのいじめです。


ボランティアが徹夜で作業

図書館リニューアルの一部の作業に、市の職員やCCCから非効率になると反対されながら市民ボランティアを募り、作業を割り振ったそうです。

懸念の通り作業が間に合わなくなり、徹夜で作業する市民ボランティアの方もいたそうです。

 

講演ではそれを美談として語ります。

別に災害のボランティア作業でもないのに、徹夜作業が発生する事態というのはどういうことなのでしょうか。

徹夜作業でやりがいを感じた市民がそれを子に伝えるのが美談である、という感覚は、ブラック企業経営者のようです。

 

しかし、この市民ボランティアのエピソードは、登場するお父さんが聴覚障害者だったり、お子さんの年齢が就学前だったり中学生だったりと、講演によって変わるそうです。これもまた嘘というわけです。こんな嘘をついておいて、ストーリーがヒストリーだとか、住民によるまちづくりだとか、よく言えたものです。

 

誰の図書館

かえって非効率になるのに市民にボランティアを募るなど、市民は足手まとい扱いです。これのどこが市民の図書館なのでしょうか。

 

市民ボランティアを募ることを反対された樋渡氏はこう言ったそうです。

お前らバカかって言ったんです。これ誰の図書館だ、って。これは僕らの図書館じゃなくて、市民の図書館だろう、って。

いえ、講演を聞いていて感じたのは、樋渡氏は武雄市図書館を「俺の図書館」にしたかったのだなということです。すこし前には「職員さんにこんなこと言ったんですよ。僕が満足するのを作ってくれって」とも言っています。樋渡氏は一度も「市民がいいと思うものを作れ」とは言わないのです。

バカかと言われた市の職員はその時こういってやればよかったのです。「市長、図書館はあなたのものではありません」

 

市民の図書館であるならば謝恩会に呼ばれるべきは市民です。

市民ボランティアは市民の図書館にしたいからではなく、それを美談エピソードにすることで武雄市図書館の成功に見せかけようと思ったからです。


パクリではなく丸投げ

「大事なのは徹底的にパクること」と言います。武雄市図書館においては、パクるどころかTSUTAYAに丸投げしています。

代官山蔦屋書店の雰囲気が好きなのであればせめて内装業者扱いでリフォーム工事をすればよかったのです。見えもせず手にも取れない書架、珍妙な分類、奇妙な選書・購入、Tポイントを採用する必要性がありません。

空間デザインが好きなら内装を変えるだけではダメだったのでしょうか。何か隠れた理由があったとしか思えません。

 

最後にApple Watch自慢

もうApple Watchがね、もう止めなさいって言ってるからね、もうこのへんに。

と言って樋渡氏は講演を閉じます。
Apple Watchを使っていることで先を行ってることをアピールしているつもりなのでしょうか。

聴衆に気づかれずにタイムキーパーとして使えることがApple Watchの便利なところ、スマートな使い方だと思うのですが、それをひけらかすとは恥ずかしいばかりです。

 

樋渡氏は過去に、写真共有サイトにアップロードしたプライベート写真やデータストレージサービスに置いた住所録データをだれでもアクセス可能な状態にしてしまったり、日本でサービス提供していない音楽ストリーミングサービスを利用していることを自慢したりしたそうです。

新しいものが好きなのでしょうが、そうした方面には疎い方です。疎い方ほどそうした新しいガジェットを使っていることをうれしがるものですよね。

 

そういう方が研究開発に深く関わってスマートホンを組み込んだサービスを提供しようとしているのが、ふるさとスマホ株式会社のふるすまです。良いもの、良いサービスになるはずがありません。

自治体の皆様におかれましては、自治体スマホ連絡協議会に参加されませんように。

自治体特選ストアのように、TSUTAYA図書館のように、「ふるすま」を入れなくてよかったと思うはずですから。